2018年2月14日 (水)

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49 その6

保護と研究i 保護の現状とこれから P.298~
          /紀平肇・木村英造・長田芳和

 ・・・1986年からは、・・・”ニッポンバラタナゴ研究会”が組織さ
 れ・・・

 移植候補地の話

保護と研究ii ニッポンバラタナゴと二枚貝の移植 P.299~
      /福原修・長田芳和・木村清朗・紀平肇・前畑政善

 執筆者の福原修氏は当時箕面市第三中学校教諭、前畑政善氏
 は滋賀県立琵琶湖文化館学芸員

 心字池・大土橋池の概要 ※宮内庁の御用地内の池
  底部がコンクリートであったため、土砂部を作成した話

 ニッポンバラタナゴとドブガイの移植
  移植日、個体数の一覧表を掲載

 ニッポンバラタナゴの繁殖状況
  貝内の卵仔魚数での確認の話
  モンドリによる確認の話

 ニッポンバラタナゴの放流・繁殖の問題点
  淡水二枚貝の話

  ・・・幼生が寄生する魚種は、バラタナゴが多数生息するような
  溜池であるにもかかわらずヨシノボリであって・・・

  ・・・バラタナゴの増殖には二枚貝が必要であり、その二枚貝の
  増殖にはヨシノボリなどの魚類が必要
となる。

以上でこの雑誌の紹介は終わりです。

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西暦1987年=昭和62年

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2018年2月10日 (土)

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49 その5

生息の状況 1大阪 2香川 3福岡 P.295~
   /紀平肇・木村英造・長田芳和・藤岡豊・木村清朗

 執筆者の紀平氏は当時、清風学園教諭・(財)淡水魚保護協会理
 事、木村氏は(財)淡水魚保護協会理事長、藤岡豊氏は山口大学
 教育学部助教授、木村清朗は九州大学農学部助教授

 1.大阪 /紀平肇・木村英造・長田芳和
   副題 純系種が生息する溜池は2カ所しかない

  ・・・本州では大阪府以外でまったく確認されず・・・
  ブルーギルによる魚食
  **市での保護の話

 2.香川 /藤岡豊
  副題 タイリクバラタナゴが放流用稚アユに混じって侵入

  ・・・1981~1983年にわたり・・・本県のニッポンバラタナゴの生息
  状況を調べた。・・・

  生息する水系の話

  ・・・香川県内においても**川からタイリクバラタナゴの生息が
  確認(香川大学)されている。・・・

 3.福岡/木村清朗
  副題 夏だけ腹鰭に白色光をもつバラタナゴの出現

  ・・・私たちは1982~1984年に**市郊外の**川で、バラタナ
  ゴの実態を調べてみた。

  季節による腹鰭の色の話、月別の出現率図を掲載
  **川産タイリクバラタナゴとの比較

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西暦1987年=昭和62年

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2018年2月 7日 (水)

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49 その4

ニッポンバラタナゴの遺伝的性質/上野紘一 P.291~
 副題 核型分析とアイソザイム分析を通じて、ニッポンバラタナゴ
     とタイリクバラタナゴ間の類縁関係を探る

 執筆者は当時近畿大学農学部助教授

 タナゴ亜科魚類の核型
  ・・・核型は・・・合計28種・亜種について報告されている。・・・明
  瞭に異なる三つの群に大別できる。・・・

  各群の染色体数、染色体構成、種・亜種名(国名)の一覧表を
  掲載

  ・・・Acheilognathusの仲間はi群とii群に、またRhodeusに属する
  ものはi群とiii群に・・・(本文はローマ数字使用)  

 核型の比較
  4地点のニッポンバラタナゴ、5地点のタイリクバラタナゴでの
  分析

 アイソザイムの比較
  LDH、ADH、MDH、6PGD、GPI、ICD、non-ESTの話

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西暦1987年=昭和62年

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2018年2月 3日 (土)

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49 その3

ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴの形態の比較 P.286~
 副題 連続するその変異
                      /長田芳和・立脇康嗣
 執筆者の長田氏は当時、大阪教育大学助教授、
                  立脇氏は環境科学研究員

 分類学的とりあつかい
  下記の変遷の話
   Pseudoperilampus ocellatus
   Rhodeus ocellatus
   Acheilognathus smithi
   R.kurumeus
   R.ocellatus ocellatus
   R.ocellatus smithi

 形態的特徴
  相違点を一覧表にて掲載

  1974~1979の調査にて下記の説明
  腹鰭の白色部
   20地点の雌雄別の腹鰭の様子を円グラフで掲載
   ・・・一般に西に行くにつれもたないものが増え、九州ではもた
   ないものばかり・・・

   ここでのニッポンとタイリクの定義を記述

  背鰭および臀鰭分岐軟条数
   タイリクバラタナゴとの比較
   ニッポンバラタナゴでも九州産との比較

  側線有孔鱗数
   タイリクバラタナゴ4地点、とニッポンバラタナゴの6地点の
   鱗数の一覧表を掲載

   ニッポンバラタナゴでは無いか少ない。タイリクバラタナゴは有
   るが大部分

  婚姻色
   ・・・**の溜池産のものが最もいちじるしい・・・

 両亜種の交雑
  室内実験での話

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西暦1987年=昭和62年

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2018年1月31日 (水)

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49 その2

口絵
 ”ニッポン”か”タイリク”か/長田芳和
  副題 外観だけではむずかしいニッポンバラタナゴの判定
  執筆者は当時大阪教育大学助教授

   カラー写真7点掲載
   相違点を6点記述
   2地域については、腹鰭の特徴によりニッポンバラタナゴ個体
   群としていいだろう

絶滅に瀕しているニッポンバラタナゴ P.284~ /新井良一
 執筆者は当時国立科学博物館動物第二研究室長

 絶滅が危惧される理由
  1)タイリクバラタナゴの移入
   ・・・都合の悪いことに、純系と雑種とを外形や行動から区別す
   ることは大変むずかしい・・・

  2)貝の生息域
   ・・・室内の水槽などでは二枚貝を飼育すること自体困難であ
   り・・・

  3)宅地化
  4)乱獲

 種保存のために
  ・・・****の純系生息域が埋め立てとタイリクバラタナゴの侵
  入とで年々減り続け・・・赤坂御用地内の池の使用を宮内庁にお
  願い・・・移植することができた。・・・

  ・・・生息地の周囲に金網のフェンスを・・・宣伝することになり・・・

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西暦1987年=昭和62年

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2018年1月27日 (土)

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49

「採集と飼育」 特集:ニッポンバラタナゴ 1987年7号 Vol.49 B5判 P.278-P.320 定価600円

 特定の淡水魚に対する書籍や雑誌は少い中で、ニッポンバラタナゴだけを扱ったこの雑誌は貴重だと思います。

 執筆陣の多くは大学の研究者で、今でも淡水魚に関する書籍を出している方も多くいます。

 希少種維持は保護、増殖に尽きると思います。少しタナゴ知っている方は淡水二枚貝の重要性は知っていると思いますが、この雑誌ではさらに二枚貝が必要とする魚種として、ヨシノボリの重要性を判りやすく説明しています。

 古書というほど古くはありませんが、古書界でこの号一冊だけ出ることはほとんどありません。
 手元のものは札幌市の古書店から入手しました。

【構成】 ※ニッポンバラタナゴの部分のみ抜粋
表紙
口絵
 ”ニッポン”か”タイリク”か/長田芳和

目次
 特集 ニッポンバラタナゴ 絶滅に瀕している純系

  絶滅に瀕しているニッポンバラタナゴ/新井良一

  ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴの形態の比較
                       /長田芳和・立脇康嗣

  ニッポンバラタナゴの遺伝的性質/上野紘一

  生息の状況 1大阪 2香川 3福岡
       /紀平肇・木村英造・長田芳和・藤岡豊・木村清朗

  保護と研究i 保護の現状とこれから
                  /紀平肇・木村英造・長田芳和

  保護と研究ii ニッポンバラタナゴと二枚貝の移植
       /福原修・長田芳和・木村清朗・紀平肇・前畑政善

  以下略

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西暦1987年=昭和62年
http://aquarium.blogmura.com/ranking.html
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2017年12月 3日 (日)

「甲州魚風土記」 寺田重雄 芸文社 昭和55年 その4

オコゼと山の神 P.143~
 オコジョの話
 山の神のイメージ
  男か女か

 韮崎市の山神社とオコゼの繋がりの話
  女性の五障について

 ---メモ---
  綯=なう、トウ、ドウ。綯い交ぜ

夏大名の冬乞食 P.166~
 山梨県での鵜飼の話

 ・・・漁期の四ヶ月は、そういう人たちとって、まさに「鵜飼天国」で
 あった。「飲む、打つ、買う」の生活に、いささかも不自由しなかっ
 た。そのために、季節が終わり頃になると「無一文のすてんてん」
 になる人もいた。漁師仲間では、そんな人たちの、烏羽打ちからし
 た姿をみて「夏大名の冬乞食」と評した。・・・

柳沢吉里の日誌 P.181~
 鮎の塩漬け、なれ鮨、生成(なまなれ)、早すしなどの話
 鮓と鮨の違い

 ---メモ---
  鮓=サ、シャ、すし

消えてゆくもの P.193~
 富士川での舟運と漁具禁止の関係の話
 漁具モジリ、「毛智利」の話
 簗の話
 明治期の富士川漁猟取締令を掲載

 ---メモ---
  アンペラ=かやつりぐさ科の多年生植物

アユ漁の運上 P.220~
 村方三役などの話

 ---メモ---
  運上=うんじょう。運送上納の略。古くは年貢などの公物を京都
      へ運んで上納することを意味し,室町時代には課税の意
      であった。江戸時代には年貢以外の雑税の一種。

漁業権談義 P.231~
 河沼池漁業鑑札などの話
 運上から県税への変遷の話

以上でこの本の紹介は終わりです。

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西暦1980年=昭和55年

「甲州の魚」 山梨県水産研究会 昭和30年

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2017年11月30日 (木)

「甲州魚風土記」 寺田重雄 芸文社 昭和55年 その3

ドジョウ汁 P.63~
 料理の話
 方言 アブラドジョウ、オドリコ、ヤナギバ
     緋ドジョウをホウジョウ(方丈)

 江戸からのドジョウ料理屋の話
 甲府市のドジョウ問屋「ほしあい」、売り子「いけたがや」の話
 戦争の影響、食生活の変化の話

 ---メモ---
  廈=カ、サ、いえ。=屋根をふいた家。
  大廈高楼=たいかこうろう。大きく高い建物のこと。それらが立
         ち並んでいる様子。

神の使者 P.83~
 ウナギ信仰、伝説の話
 ドジョウとイカサマ師の話
 文殊稲荷とキツネとドジョウの関係の話

 ---メモ---
  鰻(魚麗)=バンレイ。うなぎのこと

地震の張本人 P.105~
 瓢鯰絵、大津絵の話

 ---メモ---
  夙とに=つとに、シュク、スク
  縋る=すがる、ツイ、ズイ

お水神さん P.113~
 アメンボの話

 ・・・「水馬」というのは、アメンボを指し・・・「水蜘蛛」とも書く。・・・
 山梨県内の盆地では、かつて「お水神さん」とも呼ばれ・・・

 アメンボという名称は、飴のにおいを思わせるところから、それが
 生まれたのだ、と云われる。・・・

 ミズスマシ(鼓虫)との違い

 ---メモ---
  詳か=つまびらか
  (足腕)く=もがく、かがむ、エン

カワウソ P.119~
 乱獲の話

 ・・・昭和三年、捕獲禁止令が打ち出された。・・・昭和四十年遅れ
 馳せながら、特別天然記念物に指定する。・・・

腐ってもタイ P.127~
 「腐る」の語の話
  ・・・学問の世界では、これを「自家消化」とよんでいる。

 タイと呼ばれる魚の話
 同じく特別の目で見られた「スズキ」の話

 えびす信仰とタイの話

 ---メモ---
  恣=ほしいまま、シ

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西暦1980年=昭和55年

「甲州の魚」 山梨県水産研究会 昭和30年

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2017年11月25日 (土)

「甲州魚風土記」 寺田重雄 芸文社 昭和55年 その2

肩通し P.5~
 早川発電所建設飯場のための鯉の輸送の話
 半台の規格

 ・・・甲府から、じかに担いで行った。仲間うちでは、それを、「肩
 通し」と呼んでいた。・・・

 甲府、鰍沢間のバス会社、鉄道馬車会社の変遷の話

 ---メモ---
  荊=いばら、ケイ、キョウ。荊沢=いばらさわ(地名)
  榑=くれ、フ、ブ。榑坪=くれつぼ(地名)

佐久のコイ P.24~
 佐久へ鯉が来歴した話
 甲府とのルートの話

 ---メモ---
  御師=おし/おんし。特定の寺社に所属して、その社寺へ参詣
      者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のことである。
                                   wikiより
  嗜む=たしなむ
  詠草=えいそう。詠んだ歌や俳諧を紙に書いたもの。

  太物商=正絹を扱うお店を「呉服屋」といったのに対し、普段の
        木綿や麻を扱うお店を「太物屋」といった
  罷る=ヒ、ビ、やめる、まかる。罷り通る。

  戎衣=じゅうい。戦争に行くときの衣服。軍服。
  兵戈=へいか。槍や刀と戈(ほこ)。転じて、武器。戦争。いくさ。

  笈=キュウ、ゴウ、おい。修験者(しゅげんじゃ)や行脚僧(あん
     ぎゃそう)などが仏具・衣類・食器などを入れて背負う、あし
     つきの箱。

  笈摺=おいずり。昔は巡拝中に必要な物を背負って歩いたが、
      着物の背が摺り破れないよう、着物の上へ笈摺を着けた。
      現在は笈摺はご宝(朱)印をいただき、死後の旅路に着け
      るものとされている

  余燼=よじん。事件などの一段落したあとに、なお残っている
       もの。また、その影響。

竜門の鯉 P.43~
 中国の後漢書からの話
 我が国での経緯などの話
 コイの滝登り、俎のコイ、鯉のぼりの話
 山梨県での養鯉の歴史、臼田二郎、石原国吉、並木清次郎の話
 釣り堀、箱釣りの話、志村勇次郎

 ---メモ---
  婪=ラン、むさぼる。
  貪婪=どんらん。たいそう欲の深いこと。ひどくむさぼること。
  甍=ボウ、ミョウ、いらか。
  搦む=からむ。絡む。
  榾=ほだ、ほだ。 囲炉裏や竈(かまど)でたく薪(たきぎ)。
  榾火=ほたび、ほだび。焚(た)き火
  媾う=まぐわう。
  媾合=こうごう。性交。
  閨=ケイ、ねや。夜、寝るための部屋。寝間。寝室。特に、夫婦
     の寝室。家の奥の方にある部屋。女性の居室。
     閨房=けいぼう

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西暦1980年=昭和55年

「甲州の魚」 山梨県水産研究会 昭和30年

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2017年11月22日 (水)

「甲州魚風土記」 寺田重雄 芸文社 昭和55年

「甲州魚風土記」 寺田重雄 芸文社 昭和55年12月1日発行 P.242 箱・帯付 定価2000円

 本書は風土記ということで、歴史、逸話、伝説、信仰、民俗学を含み、また古い時代の山梨での魚の搬路などの話であるため、淡水魚の生態や習性を知りたい方にはあまりお勧めしません。

 発行年が新しい割には普段見ない語句が多く困惑します。歳時記や俳句などでの季語としても使用されるような語も見受けられます。

 また、足跡を辿るような内容もあるので、地図を脇に置きながら読むのも一考かと思います。

 著者は他に、以前紹介した「甲州の魚」 山梨県水産研究会 昭和30年を著しています。

 古書界で「甲州の魚」はほとんど見かけませんが、本書は割と数がでています。手元の本は新潟県三条市の古書店からの入手です。

【構成】

遊紙

目次
 肩通し
 佐久のコイ
 竜門の鯉
 ドジョウ汁
 神の使者
 地震の張本人
 お水神さん
 カワウソ
 腐ってもタイ
 オコゼと山の神
 夏大名の冬乞食
 柳沢吉里の日誌
 消えてゆくもの
 アユ漁の運上
 漁業権談義
本文
奥付
遊紙

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西暦1980年=昭和55年

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