「北国のティラピア・ニロチカ」 鹿糠九助 熊谷印刷出版部 昭和53年 その2
表紙
カバーなし
カラー写真 ティラピアの成魚、若魚、フ化時、仔魚
扉
白黒写真 成魚
口絵
カラー8ページ
推せんにあたって 岩手県農政部長 村井政吉
・・・彼がこの研究に着手したのは昭和四十四年からであるが・・・、
温泉水の有効利用による繁殖飼育法の作出で・・・
昭和五十三年九月
推せんの言葉
農林水産省 淡水区水産研究所 養魚研究室長 丸山為蔵
・・・我が国に導入されたのは1962年12月(昭和37年)で、・・・・
・・・企業化が進まなかった背景には、・・・ティラピア・モザムビカ
(※モザンビカ)という種類の評価があまりに低く・・・
まえがき
・・・はや十年になりました。・・・。
これらは、昭和四十七年一月の中間報告文も含まれており、
その後に執筆したもの、また、今回新たに加えたもの等のため・・・
昭和五十三年猛暑の夏 鹿糠久助
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1、来歴と将来性 P.13~19
(1)ティラピアの養殖
F.A.O(世界食糧農業機構が昭和30年と昭和32年に養殖法を
紹介
モザンビカやニロチカの日本への導入年を紹介
生産量や稚魚尾数を記述
(2)ティラピアの将来性
平方あたりの尾数、給餌率を記述
2、出合いと試験 ~P.40
(1)熱帯魚との出合い
・・・昭和三十七年の夏、カラー印刷の「熱帯魚」という観賞魚
の本を、町で見つけたのが熱帯魚という魚に興味を持った最
初であった。
・・・松島水族館を見学にいった際、観賞魚月刊誌「フィッシュ
マガジン」の創刊号が目に入った。・・・
(2)金田一温泉と魚
泉臭がほとんどない
(3)食用熱帯魚の企画
・・・・お湯をもらってきて、水槽に入れて金魚をはなしてみたと
ころ、・・・・一カ月後にはひじょうに大きくなっていた。
金田一村役場の観光係との話
(4)温泉利用による飼育
養殖試験と失敗と繁殖成功の話
(5)企業化の試験
大きな池による本格的な試験の話
(6)企業化の計画
温泉事業協同組合の足並み
(7)地元の動き
省略
(8)試食会と魚の名前
金鯉、金鯛、岩鯛、アフリカ鯉、アフリカ鯛、カヌカ鯛、湯鯛などの
候補
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