2017年8月 5日 (土)

大賀一郎関連書籍

大賀一郎関連書籍

このブログで紹介した大賀一郎博士に関連する本をまとめておき
ます。

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昭和35年=1960年
昭和40年=1965年
昭和42年=1967年
昭和56年=1981年
昭和63年=1988年

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2017年7月30日 (日)

「大賀ハス」 千葉市立郷土博物館 昭和63年 その4

[特別展記念講演会]ハス博士 大賀一郎 長島時子 P.33
 執筆者は恵泉女学園短期大学助教授

 吉田公平氏が紹介で略歴と大賀博士との繋がりを記述

 ・・・1950年(昭和25)千葉県の滑川から出土した須恵器の中に
 約1200年前のハスの実が入っており、それを先生が発芽させ・・・
 鴎友学園の女子生徒が・・・肥料としていわしが良いというので、
 ・・・1週間後には枯れてしまった。・・・

 ・・・年代が本当に2千年なのかとういことで・・・丸木船のカヤ材を
 ・・・その結果カヤの材は3075前後180年と出た。先生はカヤの木
 は1000年たっているのではないかということで1000年を引いて
 在2000年蓮ということになっているわけです。・・・

 ・・・先生はお金に無頓着でした。・・・食べ物がなくても「必ず誰か
 が持ってくるよ」という感じで・・・

[特別展記念講演会]古ハスの実の発掘   高野忠興
 執筆者は大妻女子大学名誉教授

 吉田公平氏が略歴と大賀博士との繋がりを記述

 東大の検見川農場・・・甘薯を作り、牛乳を搾り、ピーナツを作っ
 て職員学生に配給していた。・・・

 25年秋、大賀先生がスコップ一丁をもってやってきた。・・・何回も
 先生がやってくるので、・・・協力することにしました。

 ・・・長島時子先生は2千年ハスといわれたが、それは当時の命
 名であって、いまはそうではない。3千年ハスという。・・・

 博士号授与の順番による小倉謙教授及び弟子の前川文夫教授
 との確執の話

大賀ハス記事掲載新聞一覧 P.40~
 昭和26年3月6日~昭和62年9月12日までの日付、新聞名、見出
 し(要旨)の一覧

千葉市立郷土博物館蔵 大賀ハス資料一覧 P.47~
 寄贈者名、品名、内容を掲載

あとがき
 古蓮、検見川の古ハス、二千年バス、そして検見川の大賀蓮とよ
 ばれた蓮は・・・。

 ・・・一週間の予定が延びて35日間にわたる発掘作業、育成、開花
 と504日間、千葉の人々の手により大賀蓮は育て上げられた。・・・

 権力も経済力も持たなかった博士が・・・蓮を通して学問の真理を
 追究した情熱が、支援してくださった方々の和の力と結びつき、大
 きな力を発揮したのでしょう。・・・

   昭和63年1月 編集会議を終えて
             千葉市文化財保護審議会副会長 吉田公平

これでこの本の紹介は終わりです。

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西暦1988年=昭和63年

関連書籍

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2017年7月26日 (水)

「大賀ハス」 千葉市立郷土博物館 昭和63年 その3

ハス・ミニ知識 ハスの分類と古生のハスについて P.24~
 ハスのうち、白の花色をもつ東洋産種は・・・黄の花色をもつアメ
 リカ産種・・・
 化石、古典文献、邦語の話

大賀ハスの分根先一覧 P.25~
 国内と国外の表を掲載
  国内は都道府県名と分根先として施設や個人名を記載109か所
  国外は国名と地名や団体名を記載 13か所

大賀ハスと阪本祐二先生 P.27~
 永遠なれ、阪本祐二先生 吉田公平
  4集粒花粉の研究の話など

 父と大賀ハス 阪本尚生
  ・・・実は3粒しかなかったので・・・直接、年代を測定することが
  出来ませんでした。・・・年代決定の根拠を、以前同地点同レベ
  ル層から出土した丸木舟にもとめ・・・実の年代を約3千年前と
  する説を立てたのです。・・・博士は、この説を学術論文のかた
  ちで学会に報告しませんでした
。そのため、この説は、学会か
  らは認められませんでした。・・・

  神奈川歯科大教授 豊田清修氏による疑問論陣、前川文夫
  東大教授の支持
  東大園芸試験場教授 北村文雄氏の擁護
  考古学者 吉田格氏の疑問
  日本花粉学会での発表

 ハスの花粉4集粒について 阪本祐二
  花粉学会誌より転載

大賀一郎博士と吉田公平氏序論 久保木良 P.32
 執筆者は四街道市文化財保護審議会会長

 ・・・吉田氏は・・・大賀ハスの文献、大賀博士の遺品を10余年か
 けて収集したその仕事は特筆されるべきものである。・・・

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西暦1988年=昭和63年

関連書籍

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2017年7月22日 (土)

「大賀ハス」 千葉市立郷土博物館 昭和63年 その2

口絵
  カラー写真 米LIFE誌(最初に開花したハスの写真)、ハスの
  花3点
  ボタニカルアート

千葉の大賀ハス P.7~
 1 古蓮実の発見
  国学院大学教授の大場磐雄博士からの実
  検見川での発掘、大賀博士の日誌など

  ・・・3月30日(※昭和26年)・・・これ以上はもう不可能であるとい
  いだした午後5時10分頃、花園中生徒、西野真理子さんが・・・一
  粒のハスの実が発見された。・・・4月6日・・・さらに二粒の実がふ
  るい出された。

 2 発芽と生長
  千葉県農業試験場職員 石渡英夫氏による栽培記録など

  ・・・発芽実験は・・・昭和26年5月6日府中市の大賀博士宅にて
  行われた。・・・

 3 開花
  醤油醸造業の井原氏茂氏による栽培、その後の移植、株分け
  などの話

  ・・・7月18日(※昭和27年、発見の翌年)から21日にかけて見事
  に開花し・・・

 4 大賀ハスの命名と古蓮実の年代
   ・・・昭和29年3月31日付けで、千葉県天然記念物に指定され、
   この時から「大賀ハス」と呼ばれるようになったのである。現在、
   大賀蓮は、観賞用ハスの品種名として正式に採用されている。

  シカゴ大学での年代測定、坂口豊、阪本祐二氏の研究などの話

 5 平和と友好の使者
  中日友誼蓮と舞妃蓮の話

 6 発掘碑と大賀博士育英会
  大賀博士没後の話も少しあり

 7 千葉ハスの会
  杉本郁太郎氏ほかの話

 8 大賀博士のハスの研究
  妙蓮とは、蕾の時には普通の蓮とかわりないが・・・外側の花び
  らが落ちていくと中から1つの茎の上に2~12枚の丸い花がつく
  ので┼に時蓮とも呼ぶ珍しいハスである。・・・

  国内での妙蓮の移動の話

  当麻曼荼羅、藕絲(ぐうし)の話

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西暦1988年=昭和63年

関連書籍

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2017年7月19日 (水)

「大賀ハス」 千葉市立郷土博物館 昭和63年

「大賀ハス」 千葉市立郷土博物館 昭和63年3月15日発行 B5判 P.56

 この本は、昭和62年度特別展「千葉の大賀ハス展」の成果物であることが、序に書かれています。

 このブログで大賀一郎氏については、関連書も含め4冊紹介していますが、書籍であるため写真等の掲載はありませんでしたが、この本に当時の資料の収集が目的とのことで、数多くの当時の写真や大賀氏の日誌が掲載されていて大変興味深いです。

 内容では、「大賀ハスと阪本祐二先生」の章で、大賀ハスの年代考証の論争について阪本氏の子息が記述していて、ハスの本を著している豊田清修氏や北村文雄氏などの名も出てきます。

 また、特別展記念講演会 古ハスの実の発掘の項で高野忠興氏は、博士号授与に係る攻防にも触れています。これは今迄紹介した書籍には出てこない内容です。

 この本は古書界にはほとんど出てきません。手元の書は葛飾区の古書店からの入手です。

【構成】
表紙
遊紙


目次
 序
 目次
 口絵
 千葉の大賀ハス
  1 古蓮実の発見
  2 発芽と生長
  3 開花
  4 大賀ハスの命名と古蓮実の年代
  5 平和と友好の使者
  6 発掘碑と大賀博士育英会
  7 千葉ハスの会
  8 大賀博士のハスの研究

 ハス・ミニ知識 ハスの分類と古生のハスについて
 大賀ハスの分根先一覧
 大賀ハスと阪本祐二先生
  永遠なれ、阪本祐二先生   吉田公平
  父と大賀ハス        阪本尚生
  ハスの花粉4集粒について  阪本祐二

 大賀一郎博士と吉田公平氏序論       久保木良
 [特別展記念講演会]ハス博士 大賀一郎  長島時子
 [特別展記念講演会]古ハスの実の発掘   高野忠興

 大賀ハス記事掲載新聞一覧
 千葉市立郷土博物館蔵 大賀ハス資料一覧
 あとがき

奥付
遊紙

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西暦1988年=昭和63年

関連書籍

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2017年7月15日 (土)

「廣海放談」 廣海貫一 デパート通信社 昭和36年 その4

香港に旅して 司葉子さんとともに P.148~
       昭和三十年十一月十一日号~十二月十四日号

  初めてのジェット機、香港開通記念と司葉子の話
  ここに娘さんの名「緑」がでてくる。
 その一
 その二
 その三
 その四
 その五
 その六

御堂筋の銀杏 P.170~ 昭和三十五年四月十一日号
 イチョウの観察の話

カマキリ カマキリと現代世相の考現学 P.174~
       昭和三十五年三月三十日号~五月三十日号

 自身の飼育経験などの話
 1 カマキリの生態
 2 コン虫学教授の誤説
 3 ぼくのカマキリ飼育
 4 カマキリの暴力
 5 少年犯罪とカマキリ
 6 葬送曲のあとで産卵
 7 五月の暖かい日に
 8 カマキリ坊やの成長
 9 悲しみもなく喜びもなく
 10 蟻とカマキリと熱帯魚
 11 これがカマキリの生態だ
 12 無造作な命のやりとり
 13 殺し合いの本能生活
 14 五匹の適者の運命
 15 蛇の場合
 16 カマキリと少年犯罪の考現学

スケーリング P.238~ 昭和三十四年九月十二日号
 歯のクリーニングの話

常務と店長 P.242~ 昭和三十五年二月┼三日号
 高島屋の人事の話
 ・・・渡辺新東京店長は、昭和五年京大卒業と同時に東京高島屋
 に入店し・・・

 ・・・三越の北田専務、松坂屋の小林専務、高島屋の川勝常務等、
 当寺の”百貨店の三羽烏”・・・

梅原竜三郎展を批評す P.264~
         昭和三十五年五月十四日号~七月二十四日号

日本を嫌う奴 P.274~
       昭和三十六年四月二十二日号~四月二十六日号
 - いわゆる文化人 -
  進駐軍との接し方などの話

あとがき P.277~
 ・・・僕は親が早く死んで・・・義兄に育てられたから・・・酒屋で働
 いた”車力曳”の親父が・・・「車力曳一家三人は・・・。

 ・・・義兄が”店を出してやる”と云うのを断って、兄の家を出て支
 那航路の”船乗り”になった。・・・

 ・・・”第一回国勢調査”があった。その時戸籍名の”石井定二
 治”
では嫌なので、新に”廣海貫一”の名で・・・僕はこの頃盛に”自
 然主義”を称えていたので、この”自然主義”を廣い海を越えて一
 貫する
と云う意味で・・・この時が大正七年であった。 ・・・遂に昭
 和二十八年十月十五日”廣海貫一”は戸籍名として・・・

以上でこの本の紹介は終わりです。

---メモ---
昭和36年=1961年

関連書

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2017年7月 6日 (木)

「廣海放談」 廣海貫一 デパート通信社 昭和36年 その3

百貨店と政治 百貨店の集排法解除の想い出 P.62~
                    昭和三十四年一月二十四日号
 1 百貨店は政治に関与せず?
  百貨店の掟、戦後の物価安定、定価制などの百貨店の役割
  などの話

 2 政治懇談会の末路
  百貨店の繁盛などの話

 3 政治の中に立たされる百貨店
  物品税、衆参議員への話

 4 集中排除法の登場
  過度経済力集中排除法と三越、高島屋、大丸、松坂屋、GHQ
  などの話

 5 インボデン少佐との押問答
  十億ドル借款と国鉄担保、GHQ検閲官などの話

 6 鉄道抵当の食糧輸入はまっぴら
  配給疑惑などの話

 7 ぼくは釈放された
  検閲官と食糧事情につての会話

 8 貴官よこれがアメリカ兵だ
  チョコレートと腕時計とピストル

 9 マ元帥と「デパート通信」の社説
  翻訳し司令官へ

 10 百貨店と集中排除法
  指定解除の話

 11 百貨店と私の愛著
  三越の人事の話

 12 足並みそろわぬ集排解除運動
  指定店以外の考えなどの話

 13 笹山持株委員長との出合い
  持株会社整理委員会委員長とGHQ検閲課長

 14 面白半分に敗残兵の追い撃ち
  委員会の仕事、進駐軍の意向などの話

 15 集排法解除本ぎまり
  笹山委員長、検閲課長との会話
  ---メモ---
   目睫=モクショウ、目とまつげ。転じて、きわめて近いところ。
               目前。

 16 むすび
  自身の行動は政治であるなどの話

---メモ---
昭和36年=1961年

関連書

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2017年7月 1日 (土)

「廣海放談」 廣海貫一 デパート通信社 昭和36年 その2

表紙 著者が緑色好きらしく、緑地のビニルにエンゼルフィッシュ

口絵
 本人のカラー写真
 皇太子との白黒写真


 ・・・風かわりな、そして、独自独歩の筆舌を持っている人。君が
 主催するデパート通信社の・・・

 ・・・先年、彼は、全国区から参議院議員候補として堂々の陣を
 張って・・・大失敗に終わったのは・・・

 ・・・彼には又、・・・「緑鱗窓」の名で聞こえた熱帯魚の育成が
 ある。・・・

 ・・・彼は、とる歳かんれきにして、「天皇さんと同年だ」・・・

 ・・・久しく独身主義であった彼が、ある淑女の愛を得て、近く
 晴れて結婚式を挙げる準備中であるという・・・
      横浜高島屋専務取締役
      日本産業工芸株式会社々長

 ・・・お若かった頃は「アナキスト」廣海として情熱を大いに・・・
     昭和三十六年九月 西武百貨店取締役 店長 堤清二

 ・・・「デパート通信」は・・・政府の悪口とか進駐軍の悪口ばかり
 を平気で書いていた・・・

 ・・・話が「生き物」に移ると、彼は全然人が変わったように、目
 を輝かして語り出す。・・・
      大丸常務取締役 大阪店長

熱帯魚と私 昭和36年8月15日起稿 P.14~
 私が”熱帯魚”を飼い始めたのは昭和八年頃からであるが・・・
 ”生き物”を好むようになったのは、明治三十五-六年頃から
 さであった。私の三-四才頃からである。

 幼少の頃、放浪の話

 ・・・大正十三年に”熱帯魚”の鼻祖であり”爬虫類研究”の大家
 である”廣瀬巨海氏”を小石川の温室に御訪ねして知遇を得た。
 ・・・(廣瀬氏とは昭和二十八年春永眠されるまで・・)

 ・・・昭和七年春”デパート通信”を創刊して、・・・”熱帯魚”を少
 し飼いだした。・・・

 戦争時、文部省の買い上げによる保存、銀座水族館、緑鱗窓
 熱帯魚展などの話

天軌無道 P.24~ 昭和三十四年一月三十一日号
 飛行機への愛着の話

水を呑もう P.26~ 昭和三十六年七月二十二日号-九月九日号
 胃潰瘍、水と痛み、生卵療法、水を呑む効果、歯、足の裏など
 の話

シャッター様 P.58~ 昭和三十六年七月五日号
 大丸本店の火事の話

---メモ---
昭和36年=1961年

関連書

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2017年6月27日 (火)

「廣海放談」 廣海貫一 デパート通信社 昭和36年

「廣海放談」 廣海貫一 デパート通信社 昭和36年11月1日初版 小B6判 P.280 帯付  300円

 「廣海貫一」と「デパート通信社」でピンと来た人は、相当数の熱帯魚関連本に目を通された方だと思います。

 本書は最初の「熱帯魚と私」以外は氏が主催する業界紙「デパート通信」からの抜粋となっています。

 著者は戦前から戦後にかけて、熱帯魚の卸し業を行っていた「緑鱗窓」の経営者でもありました。この書の中で、日本の熱帯魚がいかにして戦争を乗り越えたかが記述されいて、日本熱帯魚史として貴重な資料だと思います。

 著者の人物像については、「あとがき」の中で少し記述されていたので、ここに書いておきました。

 著者による熱帯魚の書としては、「熱帯魚の飼い方」 廣海貫一 東都書房 昭和43年 があります。

 また、共著としては、「熱帯魚」 飼い方の手引き 雨宮育作監修 誠文堂新光社 農耕と園芸編集部 昭和29年が

 飼育書ではありませんが、「観賞魚日記」 副題「飼育の手引き」 監修 広海貫一 熱帯魚新聞社 昭和45年 があります。

 本書は古書界では時折出ていることがあります。手元の本は中野区の古書店からの入手です。

【構成】
表紙
遊紙
口絵


目次
 序
 熱帯魚と私
 天軌無道
 水を呑もう
 シャッター様
 百貨店と政治 百貨店の集排法解除の想い出
 香港に旅して
 御堂筋の銀杏
 カマキリ カマキリと現代世相の考現学
 スケーリング
 常務と店長
 梅原竜三郎展を批評す
 日本を嫌う奴
 あとがき

遊紙
奥付

---メモ---
昭和36年=1961年

関連書

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2017年6月21日 (水)

「金魚と日本人」 鈴木克美 三一書房 1997年 その4

第5章 江戸時代の金魚ブーム P.151~
 1 江戸で金魚がなぜもてた
  「びいどろ」による楽しみの話

 2 びいどろの金魚玉
  ガラスの伝来、歴史などについて、製造販売の加賀屋などの話

 3 園芸時代の江戸と金魚
  染井村の花戸、伊藤伊兵衛などの話 ※ソメイヨシノの染井

 4 江戸の町の金魚売り
  主に錦絵からの解説

 5 江戸の金魚の元店はどこに
  上方、「たどんや」の淡路屋卯兵衛などの話
  ---メモ---
   麦魚=メダカ

 6 柳沢吉安と金魚の名産地
  大和郡山、横田文兵衛、佐藤藤三郎左衛門、嶋田正治、やま
  と金魚園、甲府金魚の歴史などの話

第6章 日本人と金魚 P.201~
 1 出目金が遅れて来たわけ
  金魚各種の渡来の年代、中国での種固定記録などの話

 2 金魚と変化朝顔
  遺伝、コマネズミなどの話

 3 金魚の色はこがね色
  日本、中国での「赤」の意などの話

 4 魔除けに使われた郷土玩具
  金魚提灯、金魚台車、金魚ねぷた、魔除けの赤物などの話

 5 金魚と花鳥風月

エピローグ 金魚を日本の水族館に P.237~
 見世物、養殖業者である堀口・石川・橘川、佐々木などの話

 文明開化を迎えた日本人は・・・在来の文化資産は冷遇された。
 水族館の金魚もその一つだった。・・・

以上でこの本の紹介は終わりです。

この本に出てくる金魚に関する文献
 科学と趣味から見た金魚の研究 昭和十年・1935
 金魚の文化史・書誌学的考察 昭和五十一年
 蔵六庵金魚飼養 文化七年・1810
 殖産図説 明治六年・1878
 天満天神金魚屋
 金魚養玩草 寛延元年・1796
 金魚秘訣録 寛延二、三年・1797
 金魚名類考 寛政八年・1796

---メモ---
1997年=平成9年

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«「金魚と日本人」 鈴木克美 三一書房 1997年 その3

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